力強く踏み鳴らされるサパテアード。熱のこもった手拍子と激しくかき鳴らされるギター。かすれた歌声は魂の叫びにも聞こえる。華麗に舞う踊り子。表情、指先、その全てに感情が迸る。全身で表現される世界は、正にジプシー達の伝統文化。
世界的なフラメンコダンサーとして名高く、バルセロナオリンピックの開会式で踊ったフラメンコ界を象徴する巨匠<クリスティーナ・オヨス>。「エル フラメンコ」での出演者は、彼女がスペイン本国で選りすぐったアーティストばかり。半年に1回、スペイン本土でプロデュースしたアーティストが上演されております。現在の上演中のアーティストは・・・。

1981年生まれ。1996年、マリア ロサ舞踊団の一員として、「ソンブレロ デトレス ピコス」三角帽子の作品でデビュー。
1998年には、「カーニャヴェラル」で男性ダンサーのトップとしてのスタート。
1999年、アントニオ カナーレス舞踊団のメンバーとして、「ティエンポ2000」での活躍。
共演したダンサーには、ルイス ダヴィーラ ルイシージョ、ルーベン オルモス、ラファエル アマルゴ、「アル ソン ソン シンコ」。
プロ養成音楽院で師事したのは、アントニオ カナーレス、マリア パヘス イ グイート、彼らと共に世界各地で公演。
レコーディングでは、イスラエル パス、ランカピーノファミリーとの共演。ピアニストのフアン コルテスとCD フピペンをレコーディング。
2005年には、彼独自のショーを開始する。
2006年はニューヨークで、オマイラ アマジャ舞踊団で、ロクサン バタフライをゲストに迎えての公演。
2007年、ぺルラ デ カディスのフラメンココンクールのアレグリアス部門で、金賞獲得。
2008年には、彼独自のセカンドショーである「エルマーノス デ バイレ」の公演。
2009年には、第三弾、「フラメンコ インサイド」をマドリッドのアレナル劇場にて最近まで公演し、ダンサ エスパニョールとフラメンコ両方得意とするダンサー。

1991年7月27日セヴィリアのカマス生まれ
2003年~2005年マティル デ コラル中央音楽院でフラメンコの初級、中級コースで学ぶ。
2004年5月28日、M de C(マティル デ コラル)でファルキート、ファルーコの特別コースを受ける。
2005年以降、現在まで師事したのは、マヌエル べタンソス、アンドレス ぺニャ、ラファエル カンパージョ、アデーラ カンパージョ、ピラール オガージャ
2008年、ラファエラ カラスコによる個人レッスン。
2009年、バタ デ コーラとマントンをピラール オガジャに学ぶ。
2006年プロデビュー、共演は、マノーロ マリン、メルチェ エスメラルダ。
2008年12月21日、サンボンバ フラメンコでヘスス フローレスと共演。
マヌエル べタンソスのアカデミーで初級クラスの指導助手を務める。
オペラ カルメンに出演。
2010年、トリアーなに出演。タブラオ、ウエルバ オチョ。
2011年5月25日~6月4日ヴィジャマル劇場でのオペラ、カルメンに出演。
6月、イタリアのサンタアンナフィエスタに出演。9月、タブラオブレリアに出演。

プロのダンサーへの道、ホセ ガルヴァンのプロ養成学院にて、カルメン レデスマ、ファン デ ロス レィジェス、マノーロ マリン、アンへリータ ヴァルガス、ファルーカ と ファラオーナ等に師事。
プロとしての経歴
ドイツのシュトットガルトのタブラオ「エル コルティホ」で1年、(2001年)
ドイツ、ベルリンのタブラオ「エル タウリーノ」で1年(2003年)
2005年、クアドロ フラメンコグループ「エル ソレーラ」の一員として、ドイツ各地、リーデルホーレ、ホルム、シャイホーレとスイス各地での公演。
2010年のグラン カナリアでのインターナショナルフェスティバルへゲスト出演。
上記の養成学院の他、Hagg 学校、ウィンコヴィック音楽院、他。
カルメン レディスマとホセ ガルヴァンのグループの一員として多くの公演旅行。
フンダション エル モンテの一員として、多くの劇場公演。
フラメンタップの公演でドイツ各地での公演。
エルトリーニとヘスス フローレス、ギタリストのファン トーレ等とのセヴィリアでの公演。
エルマーノ ペラルタとの共演でアンダルシア各地での公演。
2009年、ノルベルト チャミッソのメンバーとして、東京「エル フラメンコ」に出演。

1983年2月13日カディスのへレス デ ラ フロンテーラ生まれ。28才。
フォルクロリカ デ アルテ イ カンテ フラメンコ音楽学校で、プロの為のカンテを習得する。
師事したのは、フェルナンド ソト等
2011年、マドリッドのララ劇場公演。
2011年、へレスのフェスティヴァルでパラシオ ヴィジャ、アナ マリア ブランコ、ロセンド、ルイス エル モノ、ヘスス アルヴァレス等との共演。
2010年アルコス デ ラ フロンテラでのフェスティヴァルで、ティティ フローレス、ルイス エル モノ、マヌエル マレナ等との共演、
2010年、へレスのヴィエルネスフラメンコに出演。
2008年、ベルギーのギネスフェスティヴァル。
2008年、へレスのフェスティヴァルでぺーニャ アントニオ チャコンとの共演。
2009年、スイスのフェスティヴァルでチキ デ へレスと共演。
2007年4月から6ケ月、東京エル フラメンコでアンヘラー エスパニャデロとの共演。
2000年からプロとしてスタート。多くのフラメンコダンサーとの共演がある。
へレスのフェリアやセヴィリアのフェリア等で。
タブラオでは、へレスのエル ラガール デ ティオ パリージャ、へレスのラ タベルナ。サンルーカルのボデゴン。マドリッドのカフェ デ チニータス、カサ パタ 等

1982年、へレス デラ フロンテーラで生まれる。15才で地元のタブラオで唄い始める。
2000年、ぺぺ マルティンの作品「エナモラルセ エン へレス」に出演。
2002年、ヴェネゼーラでロスカナステーロスのクアドロフラメンコに出演。
2003年、ドイツのタブラオ、「エル コルティホ」に出演。
2004年、へレスのフィエスタ デ ラブレリア。
2005年、フェスティヴァル デ ミステラ、へレスの秋祭りでシンコフラメンコ バリオスに出演。スイスのインターナショナルヒネーブラ デ フラメンコに出演。
2006年、ルベン オルモ舞踊団で「ベルモンテ」という作品で劇場公演。
このころからマドリッドの多くのタブラオの特別出演歌手として、カサ パタス、コラル デ モレリア、ラス カルボネーラ、コラル デ ラ パチェーカに出演。
2008年、マラガのビエナル、セビリアのセントラル劇場、ロぺ イ ヴェガ劇場に出演。グラナダのアランブラ劇場。セビリアのタブラオやニューヨークでのリオ ティントとの共演。
師事した人は、パコ タラント、ホセ デ ラ トマサ、カリシート サンチェス、最近ではバルセロナのタブラオ エル カルメンでのフラメンコフェスティヴァル、アルカラ デ グアダイーラに出演。
2008年11月、アントニオ カナーレス舞踊団で「ラ カサ デ ベルナルド アルバ」に出演。
2009年には、フェスティヴァル デ へレスに出演。
ラウール オルテガとの公演に向けて準備している。

ホセ マルケスはトメジョソ生まれ。幼い頃からギターのレッスンを受ける。トメジョソのエレメンタル音楽院でクラシックギターを学ぶ。フラメンコギターはパブロ ソロサバルプロ養成音楽院で学ぶ。
オスカー エレロに師事し、フラメンコの基礎からプロとしてのあらゆるテクニックを学ぶ。その後、ラファエル オロスコ音楽院で、パコ セラーノ、マノーロ フランコに師事。ニーニョ デ ラ プラ等。
2004年、へレスのインターナショナルコンクール準優勝。
2007年、ムルシアでの第17回フェスティヴァルのコンクールで準優勝。
2007年、ムルシアのニーニョ リカルド インターナショナルコンクールで金賞。
2010年、カンテ デ ラス ミナス フェステヴァルで準優勝。
2004年から5年間、コルドバのタレゴンでラファエル エスぺホとの共演で活躍。他の共演者には、パブロ フライレ、サンドラ カラスコ、フラン ヴィチェス、ラファエル ペラル、フラヴィオ ロドリゲス等。
2010年、スイダド レアルのぺニャス フラメンコにて、テンプレ フラメンコに出演。マドリッドのアルテキン劇場での公演。アルゼンチン、ウルグアイ公演。
コルドバでの「エセンシア」の公演はDVDにもなった。
2006年の「エル キホーテ エッチョ フラメンコ」はウエルバで大好評。
2010年のエンリケ ロドリゲスとの「メ キト エル ソンブレロ」に出演。
最近はトメジョソのぺーニャ タラント、ぺーニャ バシリオ ヴィジャルタで活躍している。マドリッドのカサ パタ、ラス カルボネーラスのも出演。

アグスティンは1965年、へレス デ ラ フロンテラで生まれる。
幼い頃から父であるエル ニニョ デ アラハルに手ほどきを受ける。
へレスの音楽院で師事したのは、ペペ モンテーロ、エル カルボネーロ、ルイス ヴァラオ、モラリート デ へレス等。
プロとしてのスタートは、フェルナンド テレモートとの共演に始まる。そしてホセ メンデス、フアニート ヴァルデラーマ、コンチャヴァルガス、サラ バラス、ハヴィエル バロン、ホアキン グリロ、ナノ デ へレス、チャノ ロバト、ペペ アルコンチェ等。
ヨーロッパ各地での公演、特にスイスには5年間滞在し、アルテ フラメンコ学校での踊りの伴奏者として活躍、その間、ドイツ、オーストリア、イタリア、フランス公演。
1996年、へレスに戻り、ロンダのぺーニャで数年、伴奏者として活躍。このころから、アンダルシアやスペイン各地で演奏旅行。2003年から約5年の間、日本各地で公演旅行。
最近では、彼のアカデミーで若手の指導も行っております。













